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福岡地方裁判所 昭和50年(ワ)1051号 判決

原告 渡辺正明

〈ほか三名〉

原告ら四名訴訟代理人弁護士 古川卓次

同 鶴田哲朗

被告 吉村アクチブ産業株式会社

右代表者代表取締役 吉村英輔

右訴訟代理人弁護士 國武格

右訴訟復代理人弁護士 八谷時彦

被告 照雄、照夫こと 森川照男

右訴訟代理人弁護士 小泉幸雄

右訴訟復代理人弁護士 津田聰夫

主文

一  被告吉村アクチブ産業株式会社は、原告渡辺正明に対し、金七三九万円及びうち金六六九万円に対する昭和五〇年四月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告森川照男は、原告渡辺正明に対し、金九一万円及びこれに対する昭和五〇年四月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告渡辺正明の被告らに対するその余の請求及び原告塩塚ハルミ、同吉村登美雄、同木村千鶴の被告森川照男に対する請求を棄却する。

四  訴訟費用中、原告渡辺正明と被告吉村アクチブ産業株式会社との間に生じたものはこれを五分しその一を同原告、その余を同被告の各負担とし、原告渡辺正明と被告森川照男との間に生じたものはこれを一〇分しその九を同原告、その余を同被告の各負担とし、原告塩塚ハルミ、同吉村登美雄、同木村千鶴と被告森川照男との間に主じたものは同原告らの負担とする。

五  この判決は、原告渡辺正明が被告吉村アクチブ産業株式会社に対し金二〇〇万円、被告森川照男に対し金三〇万円の担保を供するときは、それぞれその勝訴部分にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告渡辺に対し、各自金九三五万円及びうち金八五〇万円に対する昭和五〇年四月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告森川は、原告塩塚、同吉村に対し、各金四九五万円及びうち各金四五〇万円に対する昭和五〇年四月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告森川は、原告木村に対し、金二七五万円及びうち金二五〇万円に対する昭和五〇年四月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  第1ないし3項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告渡辺は、別紙物件目録記載1ないし3の建物(別紙図面1、2、3の建物―以下それぞれ本件1ないし3の建物という。)を所有していた。

(二) 原告塩塚は、本件1の建物を原告渡辺から賃借し、その一階部分で「ニュー福岡」の名称で理髪店を営み、その二階部分に家族や従業員と共に居住していた。

(三) 原告吉村は、本件2の建物の南側部分(別紙図面記載(イ)の建物)を原告渡辺から賃借して「ビート」の名称でスナック喫茶を経営し、また本件1の建物に隣接する訴外西平浜夫所有の建物(別紙図面記載4の建物―以下本件4の建物という。)を賃借してこれに居住していた。

(四) 原告木村は、本件3の建物の西側部分(同図面記載(ニ)の建物)を原告渡辺から賃借し、「珍豚美人」の名称で飲食店を経営していた。

(五) 被告森川は、本件2の建物の北側部分(同図面記載(ロ)の建物)を原告渡辺から賃借し、「上牟田更科」の名称で飲食店を経営していた。

(六) 被告吉村アクチブ産業株式会社(以下被告会社という)は、高圧ガスの製造販売等を業とする会社であって、いわゆるプロパンガス(以下単にガスともいう。)の販売事業者として、被告森川にガスを供給するため、別紙図面表示の場所にプロパンガス容器を設置していたものである。

2  事故の発生

昭和五〇年四月二八日午前一〇時四〇分頃、被告森川の経営する前記飲食店上牟田更科(以下単に更科という。)の従業員古田英代が、同店舗裏(西側)に置かれていたしょう油容器からしょう油を抜き取っていたところ、そのすぐ横に設置されていた前記プロパンガス容器(五〇キロ入り)の一本に触れてこれを倒したため、その衝撃で容器の配管部分が外れるなどにより、容器からガスが噴出して付近一帯に充満し、更科店舗調理場の残り火に引火して火災となり、本件1ないし3の建物が全焼し、また原告吉村居住の本件4の建物は半焼し、原告らは後記の損害を被った。

3  被告らの責任

(一) 被告会社の責任

(1) 被告会社は、プロパンガス販売事業者として、一般消費者らにガスを販売する場合、その安全性に十分配慮して容器等を設置し、更に常時その安全性を維持管理する業務上の義務、及びガスによる災害の発生するおそれがある場合、それを防止する措置を講ずる業務上の義務がある。(昭和五三年七月三日法律第八五号による改正前の液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律一条、一五条、一六条、同施行規則七条等参照)

(2) ところで、本件容器は、更科店舗裏のコンクリート敷犬走り部分に設置されていたが、その部分はひび割れており、かつ少し傾斜し、凹凸のある状態であったのに、被告会社は鎖等で容器を固定することもせず、何ら転倒防止のための措置を講じていなかった。

また、更科の調理場内のコンロと容器との距離は二メートル以内であったのに、火気をさえぎる特別の措置も講じられていなかった。

(3) したがって、被告会社は、前記業務上の義務を怠り、極めてずさんなガス容器の管理をしていたもので、右被告会社の過失が被告森川の従業員の過失と相まって本件ガス容器の転倒、出火事故を生ぜしめたのであるから、被告会社は、不法行為者として本件事故による原告渡辺の損害を賠償する責任がある。

(二) 被告森川の責任

(1) 本件プロパンガス容器は、土地の工作物とみうるところ、被告森川はガスの利用者としてこれを占有していたものである。

そして、本件ガス容器の設置、管理には右(一)、(2)記載のような瑕疵があったため本件事故が発生したものである。

よって、被告森川は、民法七一七条により、原告らに生じた責任を賠償すべき責任がある。

(2) また、被告森川は、高度の危険性を有するプロパンガスの消費者かつ、その容器の占有者として、その取扱い、管理につき、事故の発生を防止するため充分な注意義務を尽すべきであるのに、同被告はこれを怠り前記のように劣悪な状態のもとに漫然と容器を設置させ、転倒等の防止措置を講じていなかった過失があるから、民法七〇九条による不法行為者としての責任がある。

(3) また、本件事故は、被告森川の従業員である古田英代が、その業務執行中に、誤って本件プロパンガス容器を転倒させ、かつその後直ちに右容器の弁を閉めてガスの漏出を防いだり、或いは引火源となる調理場内のコンロ等の火を消し、またガスが調理場内に流れ込まないように入口の声や窓を閉めるなどの災害発生回避措置をとることを怠ったために発主したものである。

よって、被告森川は、右古田の使用者として、民法七一五条により原告らの損害を賠償する責任がある。

(4) 以上が理由がないとしても、被告森川は、原告渡辺から本件2の建物のうちその北側部分を賃借していたから、右賃借部分を原告渡辺に返還すべき義務があるところ、同被告の債務不履行によりその返還が不能になったものであり、したがって、同被告は、これにより原告渡辺が被った損害を賠償すべきである。

4  損害

(一) 原告渡辺

(1) 建物損害 金八八三万四、七八六円

本件事故により本件1ないし3の建物は全部焼失したが、焼失当時の時価は、少なくとも1が一二六万二、〇六〇円、2が一六五万八、七八七円、3が五九一万三、九三九円である。

(2) 焼跡整理費用 金六八万円

本件事故の焼跡の整理を業者に依頼することを余儀なくされ、その報酬として金六八万円を支払った。

(3) 逸失利益 金一〇八万六、〇〇〇円

原告渡辺は、本件事故当時、本件1ないし3の建物を賃貸して、賃料月額計金一八万一、〇〇〇円の収入を得ていたが、本件事故により、建物再築に要する少なくとも六か月の間、右得べかりし賃料収入を失った。

(4) 損害のてん補 金一五〇万円

火災保険金として金一五〇万円を受領した。

(5) 差引損害額 金九一〇万〇、七八六円

右(1)ないし(3)の計から(4)を差し引いた額である。

(二) 原告塩塚

(1) 焼失による損害 金八二七万一、七七〇円

イ、店舗内装費 金二四万円

ロ、営業用化粧品雑貨類 金五七万三、〇〇〇円

ハ、店舗什器備品類 金一八六万三、〇〇〇円

ニ、住居家具類 金一九六万六、三〇〇円

ホ、衣服雑貨類 金三四七万九、四七〇円

ヘ、現金 金一五万円

(2) 休業損害 金六〇万円

ニュー福岡での営業収益は事故当時一か月金一〇万円を下らなかったところ、店舗焼失により六か月間休業を余儀なくされ、その間の得べかりし収入を失った。

(3) 損害のてん補 金三六五万円

火災保険より金一一五万円、被告会社より金二五〇万円を受領した。

(4) 差引損害額 金五二二万一、七七〇円

右(1)、(2)の計から(3)を差し引いた額である。

(三) 原告吉村

(1) 焼失による損害 金九九五万九、五三〇円

イ、店舗内装費 金三〇〇万〇、五〇〇円

ロ、店舗什器備品類 金四五三万四、三八〇円

ハ、酒類 金三九万五、三五〇円

ニ、住居家具類 金一一九万四、三〇〇円

ホ、衣服類 金八三万五、〇〇〇円

(2) 休業損害 金一二〇万円

ビートでの営業収益は事故当時一か月金二〇万円を下らなかったところ、店舗焼失により六か月間休業を余儀なくされ、その間の得べかりし利益を失った。

(3) 損害のてん補 金六一〇万円

火災保険より金三六〇万円、被告会社より金二五〇万円を受領した。

(4) 差引損害額 金五〇五万九、五三〇円

右(1)、(2)の計から(3)を差し引いた額である。

(四) 原告木村

(1) 焼失による損害 金四五一万八、四二〇円

イ、店舗内装費 金六六万二、四〇〇円

ロ、店舗什器備品類 金二八五万五、〇〇〇円

ハ、調味料、酒類 金一七万六、三二〇円

ニ、衣服類 金八二万四、七〇〇円

(2) 休業損害 金九〇万円

珍豚美人での営業収益は一か月金一五万円を下らなかったところ、店舗焼失により六か月間休業を余儀なくされ、その間の得べかりし収入を失った。

(3) 損害のてん補 金二五〇万円

被告会社より金二五〇万円を受領した。

(4) 差引損害額 金二九一万八、四二〇円

右(1)、(2)の計から(3)を差し引いた額である。

(五) 原告らの弁護士費用

原告らは、弁護士である原告訴訟代理人らに本件訴訟の提起、遂行を委任し、その報酬として、原告渡辺は金八五万円、同塩塚、同吉村は各金四五万円、同木村は金二五万円を支払うことを約した。

5  結論

(一) よって、原告渡辺は、被告らに対し、各自、前記差引損害額の内金八五〇万円と弁護士費用金八五万円の計金九三五万円及び弁護士費用を除く金八五〇万円に対する昭和五〇年四月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

(二) また、原告塩塚、同吉村は、被告森川に対し、各前記差引損害額の内金四五〇万円と弁護士費用金四五万円の各計金四九五万円、原告木村は同被告に対し同じく差引損害額の内金二五〇万円と弁護士費用金二五万円の計金二七五万円、及びいずれも弁護士費用を除く分につき昭和五〇年四月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告会社)

1 請求原因第1項は認める。

2 同第2項中、原告主張の日時、場所において火災事故が発生したこと、右事故の原因が、被告森川の従業員がプロパンガス容器を転倒させたことによるものであることは認めるが、その余は否認する。

3 同第3項(一)の(2)の事実中、本件プロパンガス容器が鎖で固定されていなかったことは認めるがその余は否認する。同(3)は争う。

4 同第4項(一)及び(五)の事実は知らない。

(被告森川)

1 請求原因第1項(一)の事実は知らない。同(二)ないし(四)のうち、原告塩塚、同吉村、同木村が原告渡辺から本件各建物を賃借していたことは知らないが、その余の事実は認める。同(五)、(六)の事実は認める。

2 同第2項のうち、原告主張の日時、場所において火災事故が発生したことは認めるが、その余は否認する。

3 同第3項(二)の各事実のうち、古田英代が被告森川の従業員であること、及び被告森川が原告渡辺から本件2の建物の北側部分を賃借していたことは認めるが、その余はすべて否認する。

本件事故は、被告会社がプロパンガス容器の設置管理につき原告主張のような業務上の注意義務を怠った過失によって生じたもので、被告森川の方には何らの過失もない。したがって、また、原告渡辺に対する債務不履行による責任もない。

4 同第4項のうち、損害のてん補の各事実は認めるが、その余の各事実は知らない。

三  被告会社の主張

本件1、3及び4の建物の焼失は2の建物からの延焼によるものであるから、これについては失火ノ責任ニ関スル法律(以下失火責任法という。)の適用があると解すべきところ被告会社には本件火災につき重大な過失はなかった。それゆえ、少なくとも本件1、3及び4の建物の焼失に関しては被告会社に責任はない。

四  右主張に対する原告らの反論

本件火災は、プロパンガスという極めて引火性が強く爆発を伴う危険物によって発生したものであるから失火責任法の適用はない。

仮に適用があるとしても、被告会社には重大な過失があったものというべきだから、損害賠償の責任を免れない。

第三証拠《省略》

第四訴訟告知

被告会社は、大阪府東大阪市箱殿町一〇番四号伊藤工機株式会社に対し訴訟告知をした。

理由

一  《証拠省略》によると、請求原因第1項(一)の事実、及び同(二)ないし(四)のうち、原告塩塚、同吉村、同木村が、それぞれその主張のとおり本件1ないし3の建物を原告渡辺から賃借していた事実が認められ(なお被告会社の関係では以上の事実も争いがない。)、(二)ないし(四)のその余の事実並びに第1項(五)、(六)の事実は当事者間に争いがない。

また、請求原因第2項のうち、原告ら主張の日時、場所でプロパンガスへの引火による火災事故が発生したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、右火災により本件1ないし3の各建物が全焼し、4の建物は半焼したことが認められる。

二  そこで、次に右事故についての被告らの責任につき検討する。

1  《証拠省略》を総合すると、次のような事実を認めることができる。

(一)  本件1ないし4の各建物の位置関係は、ほぼ別紙図面記載のとおりであり、1の建物と2、3の各建物の間は幅約一・六メートルの路地になっていた。

そして、本件1ないし3の建物において、前記争いのない事実のとおり原告塩塚、同吉村、同木村、被告森川らがそれぞれ飲食店等を経営していたほか、訴外宮田稔が本件3の建物の東側部分(別紙図面記載(ハ)の建物)を原告渡辺から賃借して「どんたく」の名称で食堂を経営していた。

(二)  被告会社は、被告森川とは昭和四六年四月からの、また右訴外宮田とは同四七年一〇月頃からの、各供給契約に基づき、右両名の店舗にプロパンガスを継続的に供給するため、被告森川の店舗更科の裏側別紙図面記載の位置に常時プロパンガス容器六本を設置していた。

右容器からのガスは、更科、どんたくの二店舗で共用されるもので、六本の容器がホースで連結されており、まずそのうちの三本からガスが供給され、容器内のガスがなくなると今度は他の三本からガスが供給されるというように三本ずつ交替で自動的に切り替えられる仕組になっていた。なお、右両店舗へのプロパンガスの供給設備そのものは、被告森川や訴外宮田が右各店舗を賃借する以前からすでに設置されていたもので、同人らは、前賃借人に引き続いてこれを利用していたものであった。

そして、右プロパンガス容器は、右のような供給方式であったところから、ほぼ一週間おきくらいに、被告会社の従業員が、順次空になった三本の容器を新しくガスを満たした容器と取り替えていたもので、六本の容器のうち三本は本件事故発生日の三、四日前に、他の三本は約一週間前に、それぞれ取り替えられていたものである。

(三)  右プロパンガス容器は自重が四七キロ、ガス容量が五〇キロの大型で細長い円筒状のもので、更科裏のコンクリート敷犬走りの上に立てて設置されていたところ、右犬走りには若干の傾斜があり、また凹凸などもあって設置された容器が安定を欠き、容器が転倒するおそれがあったにもかかわらず、被告会社は、北側(3の建物寄り)の二本を金具で建物の壁に固定する処置をしていたのみで、他の四本については、その転倒を防止するため鎖を取り付ける等の何らの措置も講じていなかった。また被告森川において、右容器の設置方法につき被告会社に注意したり、或いは自ら転倒防止の方策をとることを考慮したこともなかった。

(四)  しかして、被告森川は、右ガス容器の南側に近接して、一升びん収納用の木箱を二段に積み、更にその上に約一八リットル入りのソース容器と約三六リットル入りのしょう油容器をそれぞれ二個ずつ積み重ね(別紙図面記載のとおり。)、なお、右木箱とガス容器との間には段ボール箱を平らにしたものを数枚縦に押し込むようにして置いていた。

(五)  本件事故当日の昭和五〇年四月二八日、被告森川は午前一〇時頃配達のため外出し、更科店舗内には同被告の妻と従業員である訴外古田英代及び他の二名の従業員が残っていた。

右古田は、午前一〇時三五分頃、前記のとおり店舗裏に置かれていたしょう油容器からしょう油を汲み取るべく、裏側出入口から店外の路地へ出て、上段のしょう油容器は空であったのでこれを下におろし、下段の容器からポンプでしょう油を持参のかめに移そうとしているとき、前記のとおり設置してあったプロパンガス容器のうち南端の一本が路地の方へ向けて倒れ、弁のところからガスが音を立てて急激に噴出し始めた。

訴外古田は、右ガス噴出の勢いに動転し、容器の弁を閉めてガスの噴出を止めるなどの措置をとることなく、その場を放置して更科店内にかけ入り、被告森川の妻らに急を告げて同人と共に店内のコンロの火を消したうえ、近隣に大声でガス漏れを知らせ火気を消すよう告げて回った。

しかし、転倒したガス容器から噴出するガスは数分後には前記路地内に充満し、更に開いたままになっていた更科店舗裏口から同店内に進入し、同店内のうどん釜用のガス炉の残り火か若しくは電気冷蔵庫のサーモスタットからの火花によって引火して爆発するように燃え上がり、次いで路地内に充満していたガスにも引火して同様に爆発状態で燃え上がり、そのため、通報を受けて駆けつけた消防署員が適切な消火活動を行なういとまもなく、短時間で次々に本件各建物に燃え移ってこれを焼失してしまった。

2  右認定のように、本件火災事故の原因は、プロパンガス容器の転倒によって漏出したガスへの引火によることが明らかであるが、右ガス容器転倒の原因について考えてみるに、《証拠省略》によると、訴外古田がしょう油を取りに更科店舗裏の路地に出ていたころ(すなわち本件容器が転倒したころ)同路地には他に誰も居ず、また同人はその前後に同所を通行した者の存在にも気付いていないことが認められるところ(なお、本件全証拠によっても、当時右路地を通行した者があったことはうかがえない。)、一方、《証拠省略》によると、本件のような相当の重量のあるガス容器は、普通に置かれているかぎり上部をかなりの力で押すなどの力を加えないと容易に転倒しないことが認められ、右事実、及び本件ガス容器は少なくとも三、四日前から設置されていたことよりして、その設置に安定さを欠いていたとしても他から外力が加えられることなしに自然に転倒するような状態であったとも考え難いことや、更に前示認定の諸事実を考え併わせるならば、本件ガス容器が転倒したのは、訴外古田が、しょう油を汲み取ろうとする際、誤って本件容器に触れてこれを動かしたことによるものと推認するのが相当であり、《証拠省略》中これに反する部分はにわかに措信できない。

しかし、前示の状況から判断すると、訴外古田が本件ガス容器を直接押したり引いたりするなど強い力をこれに加えたものとは考え難く(あえてそのようなことをする必要があったことをうかがうに足りる事情の存在は認められない。)、むしろ、右容器との間に狭んであった段ボールなどを介して比較的軽い力を加えたものと考えるのが合理的である。そして、このことからすると、被告会社が設置していたガス容器のうち、少なくとも本件転倒した容器は、小さな外力の作用によっても容易に転倒するような、極めて不安定な状態に設置されていたものと推認せざるを得ない。

3  以上の事実を前提にして、被告らの責任の有無につき考えてみる。

(一)  被告会社

(1) 被告会社は、プロパンガスの販売事業者として、原告主張のような業務上の注意義務(請求原因第3項(一)(1))があるのはいうまでもないところ、前示事実によれば、被告会社は、本件転倒したガス容器を含む四本の容器につき転倒防止のための鎖等を施していなかったのみならず、少なくとも本件転倒したガス容器については極めて不安定な状態でこれを設置していたのであるから、すでにこの点において右義務を怠っていたことは明らかである。

加うるに、前示認定の事実によれば、本件ガス容器が転倒した際、これに装着してあったホースが容器から外れたため内部のガスが噴出したものと考えられるが、《証拠省略》によると、通常本件のような大型のガス容器には耐圧ホースが使用され、容器にはねじ込み式の金具で取り付けるので容易に外れるものではないことが認められるところ、本件においては、容器が転倒しただけでホースが外れてしまったのであるから、この点からみると、ホースの容器への取り付け方、ないしホースの材質の選択についても被告会社に落ち度があったものと認めるのが相当である。

(2) 失火責任法の適用について

本件は、プロパンガスへの引火によって発生した火災による損害賠償の請求であるから、当裁判所は失火責任法の適用があるものと解する。

しかし、前示のようなプロパンガス容器の転倒防止についての基本的な注意義務を怠ったのは、プロパンガス販売事業者である被告会社として重大な過失があったものというべきだから、結局被告会社は本件火災事故につき損害賠償の責を免れない。

(二)  被告森川

(1) 原告らは、本件プロパンガス容器は土地の工作物であるとし、被告森川はその占有者としての責任があると主張するが、本件の如く常時頻繁に取り替えられていたガス容器をもって土地の工作物とみることは困難であるからこの点の原告らの主張は採用できない。

(2) しかし、被告森川は、プロパンガスの利用者として、ガス容器を含む施設設備の取扱いや管理につき、事故の発生を防止するために必要な注意を怠らない義務があるというべきところ、同被告は、本件プロパンガス容器につき転倒防止のための措置がなされていなかったにもかかわらず、これを被告会社に注意することもなく、また自らその措置をとろうともしなかったのであって、このことは、被告森川において前記注意義務を怠っていたものとみるのが相当である。

(3) また、被告森川の従業員古田が、誤って本件プロパンガス容器を転倒させたことはもちろん同人の過失であり更に、このような場合容器からのガスの漏出を防ぐために弁を閉め、また噴出したガスが店舗内に進入しないように出入口や窓を閉めるなどの措置をとるべきであるのに、何らこのような措置をとらなかったことが本件火災事故発生の一因となったとみられるから、この点においても同訴外人に過失があるというべきである。そして、同訴外人が被告森川の業務執行中であったことは明らかだから、同被告は右訴外人の使用者として、民法七一五条一項に基づく責任もまた負担すべきことになる。

(4) しかしながら前述のように、当裁判所は本件については失火責任法の適用があるものと解するので、被告森川ないし訴外古田の過失の程度につき更に吟味しなければならない。

まず、被告森川についてみるに、同被告にもプロパンガス容器の設置、管理につき留意すべき義務があるとしても、前示のように、本件ガス容器は被告会社によって始終取り替えられ、しかも取り替えについてはその都度被告森川に連絡されていたわけでもない(同被告本人の供述)うえ、ガス容器設置については販売業者に一次的にその管理の責任が課せられていると解すべきであるから、本件被告森川の注意義務違反をもって重大な過失にあたるとはにわかに断じ難い。

次に、訴外古田についてみるに、ガス容器は通常に設置されているかぎり容易に倒れるものではないし倒れたとしてもホースが外れてガスが噴出する可能性は少ないのであるから、誤ってこれに触れたことが重大な過失であるとは到底いい得ないし(同訴外人が、本件転倒したガス容器が極めて不安定な状態で設置されていることを知っていたと認めるべき証拠はない。)、また、その後火災発生防止の適切な処置をとらなかったことも、異常な事態に直面した者としてとっさの場合冷静に最善の措置をとり得ないのもある程度やむをえないことと考えられるので、これを重大な過失とみることも困難であるといわざるをえない。

そうすると、結局、被告森川に重大な過失があったとはいい難いので、同被告は、原告らに対し、不法行為に基づく損害賠償の義務は有しないものというべきである。

(5) (被告森川の原告渡辺に対する債務不履行に基づく責任)

被告森川が原告渡辺から本件2の建物の北側部分を賃借していたことは当事者間に争いがなく、本件火災事故によって同部分も焼失し、被告森川の右賃借建物返還債務が履行不能となったことは前示事実から明らかである。

被告森川は、右履行不能につき同被告の責に帰すべき事由はない旨主張するが、これを認め得る証拠はなく、かえって同被告側にも過失があること右(2)及び(3)に説示のとおりであるから、同被告は原告渡辺に対しては、右賃借建物の返還義務の不履行による損害賠償責任を負担するものというべきである。

三  損害額について

1  被告会社関係

(一)  建物焼失による損害

原告渡辺所有の本件1ないし3の建物が本件火災事故により全部焼失したことは前示のとおりであるところ、《証拠省略》を総合すると、事故当時の本件各建物の価格は、少なくとも、1が金一一〇万円、2が金一八二万円、3が金四五九万円、合計金七五一万円であったことが認められる。

(二)  焼跡整理費用

《証拠省略》によると、同原告は本件火災事故のため、その焼跡の整理(建物残がいの解体、収去等)を業者に依頼することを余儀なくされ、その請負代金として金六八万円を支出したことが認められ、右も本件事故により同原告の被った損害というべきである。

(三)  なお、原告渡辺は、本件各建物焼失後再築に要する期間中の賃料相当額を、逸失利益としてその賠償を請求しているが、本来かかる利益は建物の時価相当額中に包含されているものであり、本件各建物の事故当時の時価相当額及びこれに対する事故の日から支払ずみまでの遅延損害金の支払を求めている本件にあっては、右賃料相当損害金の請求は許されないものと解するのが相当である。

(四)  損害のてん補

右(一)、(二)の計金八一九万円から、原告渡辺が受領を自認する火災保険金一五〇万円を控除すると、損害額残額は金六六九万円となる。

(五)  弁護士費用

弁論の全趣旨によると、原告渡辺は、弁護士古川卓次、同鶴田哲朗に本件訴訟の提起、遂行を委任し、その報酬として認容額の約一割を支払う旨約していることが認められるが、右弁護士費用もまた本件事故と相当因果関係のある損害と認めるべきであり、被告会社に負担させるべき額は本件認容額、本件訴訟の内容等を考慮し、金七〇万円と認めるのが相当である。

2  被告森川関係

被告森川は、原告渡辺に対し、その賃借建物の返還債務の不履行による損害賠償の責任があり、その損害賠償の額は、履行不能当時における賃借建物の時価であると解される。

そして、前示のように、本件2の建物の焼失当時の時価は金一八二万円と認められるところ、《証拠省略》によると、被告森川の賃借部分は右建物の少なくとも半分を占めていたことが認められるから、被告森川の賃借建物の時価は右金一八二万円の半額の金九一万円を下回るものではなかったと認められる。それゆえ、同被告は同額を原告渡辺に賠償すべき義務があるというべきである。

四  結び

以上の次第で、被告会社は原告渡辺に対し金七三九万円及びうち弁護士費用を除く金六六九万円に対する昭和五〇年四月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、また被告森川は同原告に対し金九一万円及びこれに対する右同日から支払ずみまで同じく年五分の割合による遅延損害金を、それぞれ支払う義務があり、原告渡辺の本訴請求は右限度で理由があるものとして認容し、その余を失当として棄却すべく、その余の原告らの被告森川に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田和夫)

〈以下省略〉

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